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社会人30年(4) [キャリア]

1984年4月に社会人となってから、私自身はほとんどがメーカーで製品開発に従事してきています。そのほんとどがソフトウェア開発です。したがって、システムインテグレーションに関連するようなソフトウェア開発には従事したことがありません。

【Fuji Xerox 6060 Workstation】(1984年〜1988年)
GUIを持つオフォス用ワークステーションの開発であり、その中で、XNS(Xerox Network Systems)プロトコル関連ソフトウェア、および、6060ワークステーション上で動作するIBM 3270端末エミュレータソフトウェアの開発を担当しました。このプロジェクトで、UnixおよびC言語を学びました。

【Xerox Starワークステーション移植】(1988年〜1991年)
XeroxのStarワークステーションのソフトウェアをSunワークステーションに移植するプロジェクトでした。この中で、VP Document Editorと呼ばれるソフトウェアの移植を行い、同時に分散ビルド環境構築を行っていました。Mesa言語を使用したプロジェクトでしたが、いわゆる今日のマルチスレッドプログラミングに近い開発を経験したプロジェクトでした。

【Fuji Xerox DocuStation IM 200】(1991年〜1996年)
ペーパー・ユーザインタフェースを持つ白黒のデジタル複合機(コピー/Fax)です。OSは、Solaris 2.3を使用し、開発言語はC++言語でした。このプロジェクトで、C++言語およびマルチスレッドプログラミングを学びました。同時に、メモリ管理機構の実装も手がけました。非常に飲み会の多いプロジェクトでした。

この後、転職し、日本オラクル社でのOracle Applicationsの人事・給与システムの開発、ジャストシステム社でのJavaによるワープロ開発の開発リーダーを行っていました。そして、1998年5月に富士ゼロックス情報システムへ転職して、2009年9月に転職するまで、再び、デジタル複合機の開発に従事しています。
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社会人30年(3) [キャリア]

ソフトウェアエンジニアとして、業務時間にかなりの時間を費やして、自分自身で開発を行ってきたのは、2008年末までです。したがって、自分自身でプログラミングをしなくなってから5年も経過していることになります。自分自身でプログラミングしなくても、様々な設計レビューやコードレビューを続けてはいます。現在は、小さい開発グループをリーディングしていますが、自分自身で設計・実装・デバッグまでとできない状況となっています。

社会人31年目に入りますが、50代のこれらかの残りの年月をソフトウェアエンジニアとしての経験を積んでさらにスキルを向上させる活動に費やせればと思っています。
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社会人30年(2) [キャリア]

1984年4月に就職し、それから7月中旬ぐらいまでは、塚原研修所で泊まり込みで研修でした。当時の研修は、ソフトウェア開発というよりは、ほとんどが複写機関連の研修でした。SEコースだった人達は、遅くまでソフトウェア関連の研修を受けていたと記憶しています。

研修を終えて配属した部署は、ワークステーションを開発している部署でした。その中でも、一からワークステーションの開発を始めたばかりのグループのソフトウェアチームへ配属されました。私の担当は、通信系のソフトウェアの開発でした。でも開発が始まったばかりだったので、最初は、Ethernetコントローラチップ用のドライバーの設計を行いました。その後、その上のプロトコルスタックの設計・実装などを行っていきました。

当時は、初めてUnixに触れて、C言語の学習をしながらの開発でした。今のようにインターネットが普及していた時代ではなかったので、少ない書籍で学習したり、英語のmanページでシステムコールを学ぶというのが普通でした。

インターネットが普及していないだけでなく、当時と今日で大きく異なるのは、プログラミングは会社に行かないとできなかったことです。家には、PC88はありましたが、C言語でプログラミングするにしても、有料のコンパイラを買わないといけない状況でした。ましてや、会社ではUnixを使用していましたので、PC88はもっぱらゲーム機でした。

今日では、言語処理系を購入しなくても、プログラミングを行うことができます。その結果、昔よりも今日の方が、社会人となる前から(たとえば、高校生の頃から)プログラミングを行っていると人と社会人となってからプログラミングを学ぶ人では大きな差がついてしまっているのが現状だと思います。そうでなくても、大学で情報工学を専攻した人とそうでない人では差がついています。しかし、残念ながら、全く専攻していない人達を大量に採用して、ソフトウェアを開発させようとしているのが、今日の日本の現状ではないでしょうか。

ちなみに、私が最初に配属された部署には、新卒新人が20名配属されましたが、そのほとんどが情報工学を専攻していました。1984年頃は情報工学科を持つ大学は増えてはきていましたがまだ少なかったので、会社はかなり意図的に採用活動を行ったのではないかと思います。
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社会人30年 [キャリア]

1984年4月1日に社会人となってから、30年が過ぎようとしています。30年間ずっと製品開発に従事していたのではありませんが、従事した製品開発の多くが、プロジェクトの初期から参加しているというものでした。それは、既存のソフトウェアを保守するというのではなく、開発組織として、すべての一から構築するプロジェクトが多かったということです。そして、どのプロジェクトでも、新たなことを多く学びながら成長できたと思います。

プロジェクトの初期から従事するということは、様々な事柄を自分達で判断しながら進めなければなりません。誰かが、細かな要求仕様を提示してくれるわけではありません。

しかし、社会人となって従事するソフトウェア開発は、既存のコードを修正して新たな要求に対応させるという開発業務が多かったりしますし、新卒となってから、そのような開発しか従事したことがない人も多いと思います。

その結果、社会人となって、5年以上ソフトウェア開発に従事していても、既存のコードの修正ではなく、すべてを決めながら一からソフトウェアを開発する従事したことがない場合には、自分から主体的に仕様を決めたりするのではなく、仕様が決まっていないことに不平を言うだけのエンジニアになってしまっている場合があります。

幸い、私自身は、従事したソフトウェア開発の多くが、一からすべてを開発するプロジェクトであり、結果として、そのことが、今の私自身を形成しているのかもしれません。
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